SBTi(Science Based Targets initiative)は2026年6月11日、「Corporate Net-Zero Standard Version 2.0(企業ネットゼロ基準V2.0)」を公表しました。V2.0で大きく変わったのは、目標の作り方だけではありません。取締役会レベルのガバナンス、移行計画、5年単位の目標サイクル、実行手段の優先順位、進捗評価までを一つの枠組みでつなぎ、企業に「目標を掲げた後、どう実行し、どう説明するか」をより明確に求める基準になっています。
一方で、2026年中にSBTiへ申請する企業がV2.0の開始を待つ必要はありません。SBTiは2026年の目標設定・更新について、現行のV1.3.1を利用して進めることを推奨しています。V2.0による目標検証は2027年2月1日に始まり、2028年1月31日まではV1.3.1とV2.0の移行期間です。2028年2月1日以降、新たに提出する目標はV2.0への準拠が必要になります。
本記事では、2026年9月30日時点のSBTi公式資料を基に、V1.3.1からの主な変更点、既存のSBTi検証済み目標への影響、2026〜2028年の申請スケジュール、Scope2とPPA・再エネ調達の関係を整理します。最後に、企業が今から進めたい実務をクリーンエナジーコネクトの視点でまとめます。
目次

Corporate Net-Zero Standardは、企業が科学に整合した温室効果ガス(GHG)削減目標を設定し、実行していくためのSBTiの中核基準です。V2.0は、V1で培われた目標設定の考え方を引き継ぎながら、企業の規模や地域、実際に使える削減手段の違いを踏まえ、より実装を重視する設計へ改定されました。
ここで押さえておきたいのは、「Corporate Net-Zero Standard」という名称であっても、V2.0では包括的なnet-zero target自体は全企業に必須ではない点です。近接目標(near-term targets)はScope1・2で全企業に求められ、Scope3はCategory Aで必須です。一方、長期目標の要否はScopeや採用する方法によって異なり、Scope1・2・3を束ねたnet-zero targetは任意とされています。名称だけから要件を判断せず、自社に適用されるCriteriaを確認することが重要です。
V2.0では、目標を設定した後の実装が基準の中に明確に組み込まれました。最高統治機関による承認と監督、移行計画、Implementation Hierarchy(実行の優先順位)、年次の進捗報告、目標サイクル終了時のEnd-of-cycle Assessmentまでが一連の流れとして設計されています。
サステナビリティ部門が排出量を集計し、目標を提出するだけでは完結しません。設備投資、電力調達、購買、事業計画、サプライヤーとの連携など、実際の経営判断とSBTi目標を接続することがV2.0の重要なテーマです。
V2.0本体と主要Criteriaは公表済みですが、SBTiはTarget-setting Methods and Pathwaysの最終版を2026年第4四半期に、Actions and Market Instrumentsなどの追加実装ガイダンスを2026年末に向けて公表する予定としています。したがって、2027年以降の申請や長期契約を検討する企業は、V2.0本体だけでなく、今後公表される補足資料も確認する必要があります。

企業実務への影響が大きい変更点を整理すると、次の通りです。単純な「要件の厳格化」ではなく、企業区分による要件の差別化と、実行・評価の仕組みが追加されたことが特徴です。
| 論点 | V1.3.1の考え方 | V2.0での主な変更 |
| 企業区分 | SME向けルートを別途設定 | Category A/Bを導入し、企業規模・地域等に応じて要件を差別化 |
| ガバナンス | 目標設定・提出を中心に管理 | 最高統治機関による目標承認、実行監督、ガバナンス体制の開示を明確化 |
| 移行計画 | 独立した必須要件ではない | 全企業が移行計画を策定・維持。Category Aは検証後15か月以内の公開が必要 |
| 目標サイクル | 目標期間を設定 | near-term targetは原則5年サイクル。次のサイクルへ更新する仕組みを明確化 |
| Scope別目標 | Scope1・2を統合した目標設定が可能 | Scope1とScope2を分離。Category AはScope3も別目標として設定 |
| Scope2 | location-based/market-basedの考え方を利用 | 目標の野心度は物理的インベントリ(location-based)を基礎に設定。PPA等は実行手段として別途評価 |
| Scope3 | 一定のカバー率を重視 | 重要な排出源と実際に働きかけられるレバーを重視。Category AはScope3目標が必須 |
| 進捗評価 | 定期的な進捗確認 | 年次報告に加え、目標サイクル終了時のEnd-of-cycle Assessmentを導入 |
| 保証 | 一律の第三者保証要件は限定的 | Category Aでは基準年インベントリや一定の進捗データに第三者保証を要求 |
V2.0では、企業の規模と地域に応じてCategory AとCategory Bを設定します。日本はWorld Bankの高所得国に該当するため、日本に最終親会社を持つ企業は高所得国向けの判定条件を確認する必要があります。判定は登録時に行い、Target Validation時に再確認され、5年間の目標サイクル中は原則として同じ区分が適用されます。
| Category Aとなる主な条件 | 対象地域 |
| 純売上高 4.5億ユーロ以上、またはFTE 1,000人以上の いずれかを満たす | すべての国 |
| Scope1+2排出量が10,000 tCO2e以上、または「総資産2,500万ユーロ以上・純売上高5,000万ユーロ以上・FTE 250人以上」のうち2条件以上を満たす | 高所得国 |
| 上記Category Aの条件を満たさない企業はCategory B | すべての国 |
Category Aでは、Scope3目標、基準年データの第三者保証、移行計画の公開などが求められます。Category Bでは一部が任意ですが、Scope1・2のnear-term targetsや移行計画の策定など、すべてが簡略化されるわけではありません。
V2.0では、SBTi目標の設定・提出と実行監督について、取締役会など企業の最高統治機関が責任を持つことを求めています。さらに全企業は、検証済み目標をどのように実行するかを示すtransition plan(移行計画)を策定・維持する必要があります。
移行計画には、対象となるSBTi目標、実行する施策と時期、主要な前提条件・外部依存要因などを盛り込みます。Category Aは、Target Validation完了後15か月以内に移行計画を公開することが必要です。脱炭素施策を環境部門だけの計画にせず、経営戦略、設備投資、調達戦略と整合させることが前提になります。
V2.0では、各目標サイクルの開始時に、包括的なデータを利用できる最も新しい年をtarget base yearとして選びます。near-term targetsは原則5年間です。過去の基準年を固定して長期間追い続けるというより、各サイクルで最新の事業実態を反映し、次の5年へ更新していく考え方が強まりました。

Scope1のnear-term targetは全企業に必須です。V2.0では、絶対排出量削減、セクター別の排出原単位削減、資産転換(asset transition)など、企業の実態に合わせた方法を選べる設計になっています。排出原単位や資産転換の方法を選ぶ場合は、2050年までに残余排出レベルへ到達する長期Scope1目標も必要です。
設備更新周期が長い製造業やインフラ企業では、5年間の削減率だけを見るのではなく、既存設備をいつ更新し、低炭素設備へどう置き換えるかを移行計画に落とし込むことが重要になります。
Scope2のnear-term targetも全企業に必須で、購入・使用する電力、熱、蒸気、冷却に由来するScope2排出量の100%をカバーします。目標設定方法は、①低炭素電力(LCE)の利用・契約・マッチング比率を引き上げる目標、②Scope2絶対排出量を削減する目標、のいずれか、または複数を選択します。
Category Aで、目標サイクル中の平均年間電力使用量が20%を超えて増加すると見込まれる企業は、Scope2絶対排出量目標を設定する必要があります。データセンターなど電力需要が急拡大する事業では、再エネ比率だけでなく、絶対排出量の増加も管理する考え方です。
Category AではScope3 near-term targetが必須です。V2.0は、Scope3カテゴリー1〜14のうち重要な排出源に焦点を当て、企業が実際に影響を与えられる削減レバーを踏まえて目標を設計する考え方を強めています。例えば、総Scope3排出量の5%未満にとどまる個別カテゴリーは、限定的な除外の対象となり得ます。一方で、排出集約度の高い活動(EIA)は別途特定・定量化する要件があり、単純に5%だけで判断するものではありません。
調達先への働きかけ、低炭素材への切替、製品設計、物流、顧客との連携など、自社が動かせる施策と排出源を結び付けることが重要です。

電力調達担当者にとって、V2.0で最も実務影響が大きい論点の一つがScope2です。ポイントは、「目標の野心度を決める会計」と「目標を実行するための再エネ調達」を分けて考えることです。
V2.0では、Scope2排出削減目標の野心度を決める際、物理的なGHGインベントリ、すなわちlocation-based methodを基礎にします。これは、どの系統から電力を使い、その系統の排出係数がどう変化するかという実際の電力システムの脱炭素と、企業目標の軌道を結び付ける考え方です。
ただし、location-basedを基礎にすることは、PPAや再エネ電力契約、エネルギー属性証書が無意味になるということではありません。SBTiは、目標設定の基礎と、企業が実行するアクションや市場手段を分けて報告する設計を採用しています。
V2.0は、オンサイト発電、PPA、低炭素電力契約、エネルギー属性証書などを、目標実行の手段として認めています。一方で、市場手段には従来以上に整合性が求められます。SBTiはScope2の説明で「Near・New・Now」という考え方を示しており、電力を使う地域との供給可能性(deliverability)、新しい低炭素電源への接続、消費量と調達量の時間的な対応が重要になります。
例えば電源の新しさについては、市場手段が原則として運転開始から15年以内の低炭素電源に紐づく考え方が示されています。ただし、新規プロジェクトのPPAや既存長期契約などには例外・経過措置があります。詳細な例外や実装方法についてはSBTiが2026年第4四半期以降に追加ガイダンスを公表予定としているため、契約判断では最新の公式資料を確認してください。
また、目標進捗に市場手段を用いる場合、V2.0は最大12か月の期間内で電力消費と低炭素電力調達を対応させる年間マッチングを基本としています。時間単位のマッチングは「達成率そのもの」が全社一律の必須目標になったわけではありません。
Category A企業では、年間電力消費量が10GWh以上となる重要なactivity poolについて、Scope2電力消費のうち低炭素電力と時間単位(hourly)で契約・マッチングできている割合を算定し、End-of-cycle Assessmentに合わせて報告する必要があります。Category Bではこの要件は任意です。
ここで注意したいのは、「10GWhを超えたら24/7で100%一致させなければならない」という要件ではないことです。V2.0が現時点で必須としているのは、重要なactivity poolにおける時間単位マッチング率の算定・報告です。一定水準を達成した企業を評価するHourly Matching recognitionは任意の認定プログラムとして位置付けられています。
そのため、今すぐ24時間365日の完全一致を目指すかどうかとは別に、少なくとも時間別の電力使用量と、PPA・電源・環境価値の発電/供給データを結び付けられる状態を作っておくことが、将来の対応力を高めます。
あわせて読みたい

V2.0が公表されたからといって、既に検証済みの目標を直ちに設定し直す必要はありません。SBTiは既存のnear-term targetsについて、原則として現在の目標期間が終了するまで有効としています。
一方、既存企業もV2.0で導入された企業区分、移行計画、目標実行、進捗評価などの考え方を移行期間中から活用できます。特に2030年目標を持つ企業について、SBTiは次の2030〜2035年サイクルに向け、2028年からV2.0に基づく準備を始めるよう案内しています。
2026年7月には、SBTi Servicesが既存の検証済み目標を持つ企業向けに「Readiness Assessment Service」を開始しました。V2.0への移行時に、企業区分、Scope別の目標構造、インベントリや保証体制などのギャップを確認するためのサービスです。利用は必須ではありませんが、公式な移行支援策の一つとして把握しておくとよいでしょう。
申請タイミングの判断で最も大切なのは、「V2.0を待つために脱炭素目標の設定を止めない」ことです。SBTiは2026年に目標を設定・更新する企業に対し、現行V1.3.1での早期申請を推奨しています。
| 時期 | 利用できる基準 | 企業が押さえるポイント |
| 2026年 | V1.3.1 | V2.0の開始待ちは不要。準備が進んでいる企業はV1.3.1で申請を進める |
| 2027年2月1日〜 | V1.3.1/V2.0 | V2.0による目標検証が開始。移行期間中はどちらも選択可能 |
| 2028年1月31日まで | V1.3.1/V2.0 | V1.3.1による新規提出が可能な最終日 |
| 2028年2月1日以降 | V2.0 | 新たな目標提出はV2.0への準拠が必須 |
すでにGHG算定や目標設定が進んでいる場合は、V1.3.1で申請しながら、ガバナンス、移行計画、Scope別データ管理、再エネ調達のトレーサビリティをV2.0に合わせて整えていく方法も現実的です。逆に2027年以降に新規申請する企業で、データ保証や移行計画まで準備できる場合は、V2.0を選ぶ選択肢があります。

V2.0対応を「2028年になってから行う制度対応」と捉えると、データ整備や契約見直しが間に合わない可能性があります。特にScope2は、電力契約やPPAの契約期間が複数年に及ぶため、将来の基準を見据えて今から情報を揃えておく方が柔軟です。
最終親会社の所在国、連結売上高、FTE、総資産、Scope1+2排出量を整理し、Category A/Bを確認します。日本企業ではCategory Aに該当するケースが多く、Scope3や第三者保証まで含めた準備が必要になる可能性があります。
基準年として使用できる最新の包括的データがあるか、組織境界や計算根拠を説明できるかを確認します。Category Aでは基準年インベントリ等への独立第三者保証が求められるため、算定プロセス、証憑、担当部署、レビュー手順まで含めて整備する必要があります。
V1.3.1でScope1・2を一体管理している企業は、Scope1とScope2を分けた目標・KPIへ再設計できるか確認します。Scope3は、排出量が大きいカテゴリーだけでなく、どこに削減レバーがあるかも併せて整理します。
移行計画には、設備更新、燃料転換、電化、省エネ、再エネ調達、PPA、サプライヤー施策などを、実施時期と責任部署とともに落とし込みます。投資計画や事業計画と切り離すのではなく、年度予算・中期経営計画と接続しておくことが実行力を高めます。
最低限、拠点別の年間・月間使用量、契約小売、電力エリア、PPA・証書の電源情報、発電量・環境価値の属性を紐づけます。年間10GWh以上となるactivity poolがある企業は、30分値や1時間値など時間別データをどこまで取得できるか確認しておくと、hourly matching率の算定準備につながります。
V2.0のImplementation Hierarchyでは、まずエネルギー使用量そのものの削減や、オンサイト発電など排出源に近い対策を優先し、そのうえで共有電力システムにおけるPPAや環境価値などを活用する考え方を示しています。
実務では、省エネ、自家消費型太陽光、オンサイトPPA、オフサイトPPA、再エネ電力メニュー、環境価値、蓄電池などを、自社の需要特性・契約更新時期・投資余力・目標年度に合わせて組み合わせることが重要です。PPAを検討する場合も、価格だけでなく、電源所在地、運転開始時期、契約期間、環境価値の帰属、発電データの取得可否まで確認すると、将来のSBTi・GHG Protocol対応に備えやすくなります。
V2.0による目標検証は2027年2月1日から利用できます。V1.3.1による提出は2028年1月31日まで可能で、2028年2月1日以降の新規目標提出ではV2.0への準拠が必要です。
原則として、既存のnear-term targetsは現在の目標期間が終了するまで有効です。ただし、次の目標サイクルを見据え、移行計画、Scope別データ、第三者保証、進捗評価などの準備は早めに始めることが望まれます。
V2.0では、Scope1・2のnear-term targetsは全企業に必須で、Scope3のnear-term targetはCategory Aで必須です。一方、Scope1・2・3の長期目標を束ねた包括的なnet-zero targetは全企業に対して任意とされています。Scope1の長期目標は、near-term targetで採用する方法によって必須になる場合があります。
使えなくなるわけではありません。V2.0はPPAや一定の市場手段を目標実行に利用できる仕組みを残しています。ただし、deliverability、電源の新しさ、トラッキング、二重計上防止、数量・時間の対応などの整合性要件を確認する必要があります。日本の非化石証書を含む個別手段の適格性は、今後のSBTiガイダンスやGHG Protocolの改定動向も含め、最新情報を確認してください。
現時点のV2.0では、Category A企業の重要なactivity pool(年間10GWh以上)について、時間単位マッチング率を算定・報告することが要件です。100%達成そのものが一律の必須条件ではありません。一定水準のhourly matchingを達成した企業向けには任意のrecognition programが用意されています。
SBTi企業ネットゼロ基準V2.0は、企業区分、ガバナンス、移行計画、Scope別目標、Implementation Hierarchy、進捗評価を一体化し、科学的な目標を実際の経営行動へつなげる基準へ進化しました。
2026年に申請する企業はV1.3.1を利用できますが、V2.0で重視される考え方は今から準備できます。特にScope2では、年間の再エネ調達量だけでなく、拠点・地域・電源・時間の情報を追跡できるデータ基盤が、今後の説明力を左右します。
クリーンエナジーコネクトでは、企業の電力使用状況や脱炭素目標に応じて、オフサイトコーポレートPPAをはじめとする再生可能エネルギー調達を支援しています。SBTi V2.0を見据えたScope2削減を検討する際は、現在の契約とデータを整理したうえで、省エネ・設備施策と再エネ調達を一体でロードマップ化することが重要です。
|この記事を書いた人

岡 優来/Oka Yuuki
GXソリューション企画部 マネージャー
BtoB領域の営業・サービス企画をキャリアの起点に、商社系電力会社にて、営業・販売戦略の立案やDX推進に従事し、事業企画部門の課長職などを歴任。現在はクリーンエナジーコネクトにて、GX・再生可能エネルギー分野のマーケティング戦略の策定や、新規サービスの企画開発を担当。
今こそ、共にクリーンな未来へ。
お問い合わせはこちら